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2011年4月 4日 (月)

祭りの自粛って……

震災の影響であちこちお祭りの自粛が決定しているようです。うちの方でもお祭りが自粛となりました。中止にならなかったので安心はしましたが(^_^;) しかしですね、自分は疑問に思うんです。

はて? 祭りの自粛に何か意味があるんかいな?

震災にあった方々の事を考えて自粛としたのでしょうが、祭りの本来の意味ってそうじゃないだろうと思うんです。ちなみに府中にある神社は古神道の流れをくむ神社。基本はアニミズムであり先祖崇拝だと思います。そして荒御霊・和御霊という考えが根底にあるはず。

地震は荒御霊の成したことであり、鎮める為にも祭りは行わなければならない。反対に盛大に行うのが本来なら正しいのではと思うんだが。それに、御霊を祭り慰めるという意味的に考えても、祭事の規模は縮小するものではないんじゃないのか? ……今の日本だとそう考えられなくなっているんだなぁと、ある意味怖い気分になるのは自分だけなんだろうか。

民族の根底にあるのは日本の場合はどちらかと言うとアニミズムが基本です。全てのものには御霊が宿る。御霊の恵みを得て自分達は生きているという考えで、自然物や祖先を敬うようになり、それらを神と称しているということなんですね。全てのものは自分に還る。御霊には良いものも悪いものもある。それならば良いのもを目指して日々過ごして行こうというのが、多分、本来の神道そもそもの考え方。単純に言っちゃうと普通の生活の中で良き神に近付いて行こうってこと。最終的には神=人って考えに至っていく思考ですね。これが恥じない生き方って考えになって自然に息づいていたのが江戸時代の末期までかな。その後は神仏分離令(あ、これ微妙に的がずれてるかも)とか国家神道が軍部と絡んだこともあり、何かおかしな方向に解釈されちゃってます(;-ω-)ノ

思想的には一神教の考え方とは真逆の、多くのものとの共存を根底に据えているものです。この考え方は誇ってもいいと思うんですが、昨今この根底が大きく傾いだ感じになっています。第二次世界大戦後のアメリカの思想流入の影響でしょうね。年代が下がるごとに傾きが大きくなっているのが見えます。一端が公衆道徳。まぁ、言わなくても山程ありますね( ̄Д ̄;;

今回の件でそれが良く見えたのが祭りの自粛かなぁと思ったわけです。この分だと今後は然程誇れる程の民族性を維持出来なくなって行くんじゃないかなぁとちょいと愁いてみました。

黒澤映画の「七人の侍」はその意味では物凄く今の現状を皮肉ったようなラストになってるかもしれないです。村人は犠牲を出した助っ人そっちのけ(いや、村人も犠牲は出してるんだけど)で田植えに精を出しています。明るく歌いながら。小さいながらも歌とは祭りの原型の一種です。侍の「勝ったのは我々ではない。農民たちだ」との台詞に逞しく生きて行く人々を称賛する感じが見受けられます。

そう、本来はこれだけ逞しく生きる事が出来るんですよ。大きな苦難にあっても人は前を向かなければ生きられないんですよ。それをなんでもかんでも自粛自粛ってのは人をあまりにもにコケにしていないか? って感じます。

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コメント

私も全く同じ考えです。祭りに限らず、なんでもかんでも「自粛自粛」ってちょっとなんなの?って思います。私らが自粛したからって、被災地の人たちに一体なんの利益があるのでしょう?この考えはほんとに、わからないです><

最近自粛が二次被害を生み出してるって意見がようやくニュースでも出始めました。早く気づけよ凸(`、´X)な感じですね。

少し被災地が復興して、自分にお金が入ったら旅行に行こうかな。会津若松へ。などと思っております。これも復興支援だよ♪

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