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2009年11月21日 (土)

身近な死体

え~、「何じゃいこの物騒なタイトル!」って感じですが、これが一番しっくりきそうなので。

死が身近では無くなったとか、簡単に自殺をするとか、ゲームや漫画の影響で死ぬという事が理解出来てないんじゃないかとか、死んでも生き返ると思ってるんじゃないか等々、ここ何年もいろいろと言われてます。結構、偉そうに言っちゃってる人が多いんですけど、それって本当かい? と思うわけです。だって、意識してないだけで、私達の周りって死体が多いじゃん! 死を考える機会なんてしょっちゅうあるじゃん! と常々思ってるので、まあ、それをつれつれ~と書いてみようかなと思ったわけです。

初っ端から下なんですが、うんちってのは、腸内細菌の死体がかなり含まれてます。食べ物によって量が増えたり減ったりしてるのが、普段の排便で結構判ったりする。腸内環境が良いと善玉の腸内細菌も元気で数が多くて、当然排泄される死体も多い。環境が悪いと悪玉菌も増えますが、どうも便秘がちになる方が多いみたい。

自分の健康を考えるというのもあるんだけれど、共生するのならやっぱり体にあった細菌がいいよねとか思ったりしちゃうわけです。こういう事が理解されると、自然と食べ物に気を使ってみたりしたくなるから不思議。ヨーグルトで腸内に応援隊を送りこんでみようかとか、腸内細菌を減らしてみたらどうなっちゃうのかとか。ニンニクは抗菌作用が強いので、敢えて食べ過ぎてみましたが、本当に腸内の細菌が減るみたいです。排泄物の量と質が全く変わって驚いた。お腹の具合も暫し良くなかったです。(って、試すなよ)

今度は反対に摂取する方へ。スーパーでは山のように死体が売られてますよね。肉に魚。野菜はまぁ、切られても一応生命維持をしているので半死体くらいかな。でも、これって食べ物認識ですが、死体認識してないんじゃないかなぁ。

馬が好きです。見るのも食べるのも。そう言うと大抵「えっ!?」って反応が来ます。実はこの反応が私には理解出来ない。だって、殺してしまったものは食べるのが礼儀でしょ? 嫌悪感で「えっ!?」ってなるんだろうけれど、それは私らの都合で殺された生き物に対して失礼だよねとか思う訳です。殺したものに対する礼儀が忘れられてるのかなぁと思うんですけれども。

例えば子供に対して「嫌なら食べなくていい」という親。NGでしょ? その台詞。どういう過程で自分たちの食べるものが食卓に出ているのか、親には説明する義務があるはずなんですよ、本来は。現在では食育と言われる部類の教育になるんですが、この食育というのが必要になってる現実がおかしいよなぁと思ってます。

お米には神様が宿るとか、お百姓さんが苦労して作ったんだからとか、食べられる為に死んでくれたんだからねとか、しつこく言われて育って来ましたから。あ、でも別に年寄りに育てられたって訳ではないんですよ。当時の母親は多分20代半ばだったはずだし。そうですね…小学校に上がる前くらいまでは言われ続けたんじゃないかなぁ。そうすると、好き嫌いがあっても、目の前に出されたものは大抵は食べるようになります。そして、食べ方もきれいになります。礼儀と感謝が意識しなくても表れるんでしょうね。

体を捧げてくれたものへの感謝。これは人に対しても物に対しても、全てにおいて応用されるようになります。この考え方が生きているのならば、決して簡単に死ぬだ殺すだってことはしなくなると思うんですが…

子供の頃に釣った魚を捌くのを見たり、丸鳥を料理してみたりするって経験をすると、なお良いんじゃないでしょうかね。実際自分が経験したから書くんですが。生きているものが命を亡くす瞬間や、解体されても生き続けている生命力の強さとか、自分が抵抗なく食べれるような形に肉を切り分けるとか。生きるってなんだろう、死ぬってなんだろうと、かなり考えます。そして死に対する恐怖っていうのが心の奥に生まれるんです。そうなると割としょっちゅう死って何って思うようになりますよ。

宗教の発生や哲学、医学、科学 etc.…多分、「死」について考えることから派生してきたものです。現在でも死体は身近にあり、書いてきたように考えることができますが、昔は今のようなオブラートに包まれた「死」ではなく、直接に見る「死」というものがかなり多かったことでしょう。考え方も深く多岐に渡り、そして、派生した学問にも境は無かったはず。現在では学問の分野の垣根はかなり低くなってきましたが、そもそも垣根があることが不自然だったりするんですよね。こと「死」に関して「心」に関しては多くの学問に繋がります。自分の手元にあるだけでも理工系から宗教学、犯罪心理学、民俗学、超常現象、生命工学、古生物学と、かなり広い範囲のものになります。「死」と「心」というのは興味を引くテーマですよね。昔から関連ものを集めているのでわかるんですが、理系文系の区別が全くありません(笑)

え~、纏まってはいないんですが、一通り書きたい事を書いたので今回はこれで仕舞にします。

…こういう思考回路が、自分でもちょっと普通から外れてるなとは思いますが。まぁ、普通というポジションに所属することが出来ない自覚が昔からあるから、まぁ、いいかぁ。

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