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2009年8月22日 (土)

御柱祭開催で思い出すこと

御柱祭とは7年に一度、長野県の諏訪で開催される、死人が出る程の荒いお祭りです。来年は開催年です。

岡谷に住んでいた小学生の頃。木遣りを練習し、柱を引っ張り、山出しや木落としを生で見るという体験をしてます。

木遣りは今でも出来るぞ! 「あ~あぁ~、ああ~、山のおぉう~神ぃ様ぁ~あぁ~、おねぇ~えがぁあ~あいだぁ~」と、表記するとこんな感じかな。

夜につつじが丘公園という所で練習があって、そこで男の子が蝮の子供を「まだ毒がないから平気だよ」と言いながら差出してきて、怖々触ったことを思い出します。

住んでいた近くには縄文時代の遺跡があり、少し山へ向かうと人工湖があった。家の裏道を行くと山の神を祭る小さな杜があり、その向かいには養護施設、通学路に畑の畔道を通り、途中で湧水を啜り、遊びに行く友人の家は小さな工場。自宅には蛇が忍び込んだり、目の前の道ではタラの芽が簡単に取れ、尾長鳥が騒がしく喚く声で目が覚める。

う~ん、ここに私の基本形が出来上がる下地があるのが良くわかります。

遺跡では学者さんが黒曜石の矢尻を探しているのに出会ったり、復元された家に入って遊んだり、沢ガニを観察したりと、かなり世間ではお目にかかれない体験をしてます。好奇心旺盛になりますわ。

養護学校が近かったというのは、ちょっと違う人がどんなものかというのを肌で感じ、ボランティアに興味を持つきっかけにもなってるかな。

自然や動物は訳もなく好きで興味もありますし、自然神や土着信仰、土地に根付く伝説なんかも結構好き。

諏訪大社のミシャグチという蛇の姿をした自然神だったかなぁ、御柱に宿るのは。蛇を剣で刺したりしてる写真を見たりしたことがあるけれど、確かこれはその神様への捧げもの。胞衣(えな)信仰なんかもあるようです。ちなみに胞衣は胎盤のことです。どちらを取っても縄文時代からの信仰に繋がる、大変古い、ある意味日本の根底にある思想が儀式化されているものなんですね。狩猟や自然物、生命に対する太古から神聖とされたものが生きてるというか…

幼い頃にこういった事を自然に、無意識に吸収すると、普通の感覚と離れているという事実を大人になってから突き付けられるもんです。長野の友人は気がつけばこんな考えの人ばかり…? と思うこの頃です。案外、魂が同郷のメンバーがたまたま近くにいたのかもね。…そう言えば、知り合いが私の事をスピリチュアル・カウンセラーに問うたら「前はプレアデスの宇宙人」と言われたそうな。今の世は生きづらいでしょうねとの談。まあ、そうかもねと思ったりして(笑) しかし、前世宇宙人って… ちょっと有り得なくない?

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